暖かくて、幸せで。優しくて、切なくて。

そんな風に感じる今年の春は、本当に特別だと思う。

「少年、今日も一緒に帰ろうか。」

「・・・いいっすよ。でも、少年言うな。」

揺れるポニーテールが好きになったのは、彼女と出会えたから。気が付けば彼女を目で追っていて、その明るい声が心地よく聞こえるようになった。

ずっと隣で見ていたいと思うように、なった。

「明日はお花見だけど、覚えてた?」

「そういえば・・・忘れてた。」

「だと思った。いざとなったら教室まで迎えに行ってあげるわよ。」

それは嫌だと首を振って、リョーマはそっと少女の顔を見上げる。

陽に透ける黒髪。日焼けしない白い肌。大きな濃紺の瞳。

名工が玉を刻んだかのように美しい彼女は人ではないようだ。

「・・・ねぇ、聞きたかったんだけど。」

「ん?」

「部長と付き合ってるの?」

本人達からは聞いたことがない、それは今まであえて触れないようにしていた話題だった。

他の3年生の、2人をペアで扱うような態度。手塚が彼女にだけ向ける穏やかな表情。そして、

「何か、部長といるときはいつも嬉しそうだから。」

少女のとびきりの、笑顔。それが言葉よりも雄弁に物語っていたけれど、それでも受け止めたくはなかった。

この水際ギリギリで食い止められている気持ちを溢れさせたくなくて。

そんなリョーマの心情を察したかのように、少女は苦笑を浮かべる。

「・・・ごめんね。」

主語もなしに言われた言葉に、悲しみよりも諦めが先に立つ。

敵わないと分かってはいたのだから。

「・・・別に、謝らなくていいっすよ。」

「少年。」

「だって、何も、そんな・・・してないんだから。」

「・・・少年。」

「・・・っ・・・」

心に染み渡るような声に、言おうとしていた台詞が口の中で消えてしまう。

見やった顔は、ひどく寂しげだった。

「少年は、優しいね。」

「・・・どこが。」

「八つ当たりしない。泣き出さない。・・・私から逃げようともしない。」

ありがとう、と言って少女は微笑む。

折良く吹いた春風が、リョーマの好きな美しい黒髪をゆっくりと揺らした。

「少年、私は昔、風に例えられたことがあるよ。」

どこまで追いかけても掴めない、掴みきれないのだと。

「だからね、少年。」

優しく、愛しげに目を細めてリョーマの頭を撫でると、少女は柔らかく続ける。

「ちゃんと人間を、好きになってあげなさい。」

それは穏やかな、文字通り風のようにリョーマの心を揺らした。

それでもリョーマは、首を横に振る。

「・・・でも、俺は。」

そっと少女の手を取って、誓いを立てるかのように。

「きっとずっと、変わらないよ。」

一瞬目を見開いた少女が、もう一度ありがとうと呟いた。

<FIN>