どうやら今日の彼女は余程暇であるらしい。
手持ちぶたさ気に本を繰る少女に不二は小さく笑った。
普段は何をするにしても元気ハツラツという感じの彼女であるため、テンションが下がっているときは分かりやすい。ついでに怒っているときも分かりやすいのだが、彼女は滅多に怒らないので知らない者は結構多い。3年間同じクラスの不二でさえ一度しか見たことはないのだ。
そう、あれは手塚が試合相手の先輩にラケットで肘を殴られたときのこと。彼女はまだテニス部にはいなくて、フェンスの外からたまたま事件を目撃したと言っていた。
『ラケットは人を殴る道具じゃない!テニス部員なのにそんなことも分からないなんて!』
そんなことを言いながら、彼女は部活終了後の手塚を問答無用で病院へと連れて行ったのだという。何というか、すさまじい。
「・・・あの頃から、だね・・・」
彼女が手塚と親しくなり、テニス部に関わるようになったのは。不二にとってその事実は嬉しくもありまた哀しくもあったのだけれど。
『初めまして、よろしくね。』
その笑顔は最初は、不二だけに向けられていたのだ。
つらつらとそんな回想をしていた不二は、不意に少女が立ち上がってこちらに近づいてきたので慌てて目をそらした。見ていたとバレるのは気まずいものがある。
彼女はそんな不二に一度首を傾げたがすぐに用件を切り出した。
「不二、今日の部活についてなんだけど。」
「あ、うん。何?」
「後で菊丸にも言っといてね。えぇと・・・」
流れるように淀みなく話す声を聞きながら、不二は微笑む。
彼女の中で自分の存在はクラスメートであり部活仲間なのだろう。それ以上には恐らくならない。
それで良いと思うし、それ以上を望みたくはないとも思うが、それでも時折ふと思うのだ。
もしも彼女があの時、あの事件を目撃していなかったら、彼女に一番近い存在は自分であったのだろうかと。
あくまでも「もしかしたら」だけれど。
「不二、聞いてる?」
「・・・え?あ、ゴメン。もう一回。」
「仕方ないねぇ全く。いい?・・・」
キリッとまとめられた黒髪が窓から吹き込んだ風になびく。
軽やかに、爽やかに。彼女自身のように。
テニス部の華は、間違いなく彼女だ。
「・・・ということで、ヨロシク。」
「うん、分かった。」
うなずけば彼女は明るく笑う。
太陽のように底なしに明るいのでも、月のように儚いのでもない。彼女の笑顔は例えるなら春の草原のそれだ。
穏やかで、暖かくて、元気な。そして
「暇なんだったら別の本貸そうか?星の王子様。」
「いいよ。不二のは原書でしょ?ちょっと今は日本語以外見たくないな。」
胸の奥がじんわりと熱くなるこの感情は、きっと。
儚く優しい桜の花に、似ている。
<FIN>
淡い恋心