「ー。」
実に楽しげな声で彼女の名前を呼んだヨザックは、俺達に気づきもせずに通り過ぎる。
顔を見合わせてコッソリ覗けば、振り向いたが嬉しそうに笑ってヨザックに駆け寄った。
「帰ってたんだ!元気ー?」
「おー。ま、俺は元気が取り柄だからなぁ。」
「またまた。実は打たれ弱いくせに。」
「え…何の話?」
「ほら、この間ヨザックが私の部屋で寝ちゃった時に…」
そのまま何やかんやと話しながら立ち去っていく2人。
俺はヴォルフラムと同時に呟いた。
「…付き合ってる?」
「…と、いうことがあった。」
いつものように執務室。溜まりに溜まった書類の決済がようやく一区切りついてお茶を飲んでいた俺は、周りにいる家臣一同にこの間目撃した光景を語った。
要は、俺の従姉であり眞魔国の魔族としての魂を持つ渋谷と、お庭番であるグリエ・ヨザックがめちゃくちゃ親しげだったという話なのだが。
俺と一緒にその現場を目撃したヴォルフラムは大きく頷き、コンラッドは苦笑混じりに話を聞いていて、グウェンダルは呆れ顔でため息をつく。何故かいたツェリ様は目をキラキラ輝かせていた。話が無駄に広まりそうな予感。
そして、俺の隣に控える王佐はと言えば。
「…ギュンター、戻ってこいよー。」
只でさえ白い顔面を蒼白にして打ち震えていた。生気がすっぽり抜け落ちたような顔だ。
困ってコンラッドを見ると、彼は苦笑を更に深くして言う。
「ギュンターは初耳だったんだろうから、そっとしておいてやって下さい。」
「いや、それは良いんだけどさ…て、あれ?コンラッドあんま驚いてないな?」
首を傾げると、コンラッドは軽く頷いてグウェンダルと顔を見合わせた。
「俺とグウェンダルは知ってましたからね、あの2人が付き合ってること。」
「ふーん、そうなんだ……ええぇぇ!?」
何てことだ。いや別に反対とかではなく。俺、仮にも従兄弟なのに、全く知らなかった。ていうか付き合ってたのか、あの2人。お似合い…なんだろうか。本人達は実に幸せそうで、それなら口を挟むべきではないのだが。いやいやいや、とにかく知らなかったことがひたすらショックだ。
何でだー、と頭を抱えると、グウェンダルが呆れた口調で言う。
「隠していたんだ、知らなくて当然だろう。」
「え、何で?」
聞き返すと、僅かに暗い声で返事が返ってきた。
「はお前の従姉で、立場的には十貴族と同等かそれ以上の存在だ。そのが、一家臣で貴族でもない、挙げ句には人間との混血の男と交際しているとなったら、世間が煩いだろう。それを避けるために隠していたんだ。」
ヨザックは今まで眞魔国のために尽くしてきて、諜報員としての信頼は厚い。ルッテンベルク師団であったという戦績も、彼の社会的な地位を上げるのに一役買っているだろう。だが、それだけだ。只の貴族程度ならいざ知らず、魔王の血縁の相手にはふさわしくないと、そういうこと。
たとえどんなに能力的に優れていたとしても。
淡々と説明されて、俺は思わず反駁する。
「そんなこと…!」
「分かっている。だから私もコンラートも、今まで他言しなかったんだ。」
あまりにも幸せそうだったから。少しでも2人を守りたくて。
コンラッドとグウェンダルの瞳に苦いものが混じる。2人とも、俺と同じことを考えているのだろう。
馬鹿馬鹿しいと。
たかが、混血だからといって。貴族ではないからといって。そんなこと、個人には何の関係もないのに。
俺は組んだ手の上に顎を乗せて、ひとしきり唸る。
「何とかなんないかなぁ…」
せめて、2人が堂々と一緒にいられる程度には。
ツェリ様が何てことはない口調で言う。
「あたくしはそんなこと気にしないわよ?愛に人種も身分も関係ないの!お互いを想う心があるなら、それが全て。それ以外に優先すべき事柄なんかないわ!」
「母上なら、そうだと思いますが…」
その愛の結晶であるコンラッドが困ったように応じる。
確かに、ツェリ様ならそうだろう。それで世間に何と言われようと歯牙にもかけないに違いない。
だが、達には無理だ。
その時、ヴォルフラムが思い付いたように言った。
「ユーリ、要するにとグリエが一緒にいられるようにすれば良いんだろう?」
「あー、まぁそうだな。公表する訳にもいかないし、本人達も嫌だろうし。」
「だったら、グリエをの護衛にすればいいんじゃないか?元々、いつも留守番になるの為に専属で誰かをつけようという話があっただろう。」
一瞬目をパチクリさせた俺は、コンラッドと顔を見合わせて次の瞬間叫んでいた。
「それだ!」
「…俺が、の護衛…ですか?」
驚いた顔で聞き返すヨザックに大きく頷いて、俺は勢い良く言い足す。
「ヨザックだったら適任だと思ってさ。グウェンダルには話通してあるんだ。ダメかな?」
「いえ、良いんですけど…何で俺を?他にも人はいたんじゃあ…」
俺は思わず企んだ顔で笑ってしまう。ヨザックがハッとした顔をした。
「ヨザックが良いと思ったんだ。…俺から見て、さ。」
「陛下…」
呆然と呟いて、ヨザックは顔を片手で覆うと天井を仰いだ。
「うわ…いつバレましたか?」
「この間、たまたま見ちゃったんだ。」
ヨザックの口元が堪えきれないように笑う。俺はもう一度繰り返した。
「の護衛、やってくれるか?」
「…喜んで。」
ようやく顔を戻したヨザックの瞳は、それは嬉しそうに緩んでいた。
どうか末永く、お幸せに。
〈FIN〉
彼と彼女の関係